大阪地方裁判所 平成4年(ワ)1983号 判決 1995年12月22日
奈良県大和郡<以下省略>
原告(反訴被告、以下「原告」という。)
X
右訴訟代理人弁護士
松葉知幸
同
鷹塀一芳
同
田端聡
大阪市<以下省略>
被告(反訴原告、以下「被告」という。)
岡安商事株式会社
右代表者代表取締役
A
右訴訟代理人支配人
B
主文
一 原告の主位的請求をいずれも棄却する。
二 被告は、原告に対し、金一六七六万一〇〇〇円及びこれに対する平成四年三月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告の反訴請求を棄却する。
四 訴訟費用は、本訴反訴を通じ、被告の負担とする。
五 この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
(本訴)
一 請求の趣旨
(主位的請求)
1 被告は、原告に対し、金四七九万円及びこれに対する平成四年三月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告に対し、別紙株式目録記載の株券を引き渡せ。
3 前項の株券引渡しの強制執行が不能になったときは、被告は、原告に対し、引渡不能株券数に別紙株式目録記載の単価を乗じて算出した金員を支払え。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
5 仮執行宣言
(予備的請求)
1 主文二項同旨
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
(主位的請求)
1 主文第一項同旨
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 仮執行宣言
(予備的請求)
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
(反訴)
一 反訴請求の趣旨
1 原告は、被告に対し、金八一一万〇五七〇円及びこれに対する平成四年四月一三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
二 反訴請求の趣旨に対する答弁
1 被告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
第二当事者の主張
(本訴)
一 請求の原因
1 原告は、大正一四年生で、厚生年金及び会社退職年金で生活している者であり、被告は、商品先物取引の受託を業とする株式会社で、各種商品取引所の商品取引員である。C(以下「C」という。)及びD(以下「D」という。)は、被告会社の従業員で、登録外務員であり、Cは、被告京都支店の営業課長、Dは、同支店の営業課員であった。
2 委託契約の無効による証拠金等の返還請求(主位的請求)
(一) 原告は、平成三年一二月一一日から同月二六日までの間、被告に委託して、別紙金先物取引状況一覧表の先物取引成立状況欄記載のとおり、金の先物取引を行い、委託証拠金として三二七万円を被告に支払い、委託証拠金充用有価証券として別紙株式目録記載の株券を被告に交付した。
(二) しかし、原告は、CやDの断定的判断の提供により、先物取引は必ず儲かるとの錯誤に陥り、被告に取引を委託したものであるから、委託契約は要素の錯誤により無効であり、仮にそうでないとしても、右委託契約は、Cらの欺罔行為に基づくものであるから、原告は、平成四年三月二五日に被告に送達された本訴状をもって、右委託を取り消す旨の意思表示をした。
また、本件委託契約は、CとDの一連の強度の違法性のある行為により締結されたものであるから、公序良俗に反し、無効である。
(三) 原告は、(一)の金員等の返還を求めるため、本件訴訟を弁護士たる原告訴訟代理人らに委任したが、その弁護士費用としては、一五二万円(委託証拠金三二七万円と別紙株式目録記載の株券の本件口頭弁論終結時である平成七年九月一日当時の時価である一一九七万一〇〇〇円を合計した一五二四万一〇〇〇円の約一割)が相当であり、被告は、民法七〇四条の不当利得として、交付済みの委託証拠金三二七万円と右弁護士費用一五二万円の合計金四七九万円及び交付済みの別紙株式目録記載の株券の返還義務がある。
3 不法行為に基づく損害賠償請求(予備的請求)
(一) C及びDは、次の経過のとおり、原告に金の先物取引を勧誘し、第1項(一)記載の金員と株券を被告に交付させた。
(1) Cは、平成三年一二月五日、原告に、突然、電話し、部下のDを行かせると告げ、原告がこれを拒絶したにもかかわらず、同日、Dは、原告の勤める奈良県天理市にあるaの事務所(以下「原告事務所」という。)を訪れ、原告に対し、「金の値が下がっているので買いごろである。是非買ってくれ。」と言って、執拗に金の先物取引を勧誘した。しかし、原告は、年金生活者であること等を理由にこれを拒絶した。
DやCは、同月一〇日にも、原告事務所を訪問したり、電話をかけたりして執拗に勧誘したが、原告はこれも拒絶したところ、同月一一日、Dは、突然、原告事務所を訪れて執拗に勧誘し、勤務時間が終了してもなお帰らないので、原告は、困惑の末、商品先物取引の内容についてDから十分に説明を受けないまま、約諾書(乙第一号証。商品先物取引を委託するに際し、先物取引の危険性を了知した上で、商品取引所の受託契約準則に従い、委託者の判断と責任で取引を行うという内容のもの)に署名した。
その際、Dは、原告が株券を保有していることを聞き出した。
(2) 平成三年一二月一二日、被告は、原告に無断で、原告の計算において、金五〇枚を商品取引所で買い付けた。その上で、Dは、原告事務所を訪れ、「金が一五九〇円に下がったので、五〇枚買っておいた。株券を渡してくれ。」と原告に迫った。原告は頼んでいないと抵抗したが、Dが執拗に勧誘するのと、「絶対に損をさせない。」と言明する言葉に屈し、別紙株式目録一記載の株券をDに交付した。
(3) 平成三年一二月一三日、被告は、またもや原告に無断で、金二〇枚を原告の計算で買い付けた。その上で、Dは、原告事務所を訪れ、原告に対し、「金の値が下がってしまったので、調整しておく必要があるので買っておいた。損をしないためにやった。必ず上がる。NTTの株券三株を渡してほしい。」と告げた。原告は、既に前日株券を交付していることもあり、値が下がり損をしないために必要だと言われて、これに応じるほかなく、別紙株式目録二記載の株券をDに交付した。
(4) 平成三年一二月一六日、Dは、「金が一五三八円に下がったので追証拠金が必要だが、その分買ってナンピンすればバランスが取れる。」と述べて、呉羽化学の株券を渡すように要求したので、原告は、ナンピンや追証拠金の意味すら満足に理解できなかったが、値が下がったための不足分だと考えて、翌一七日、別紙株式目録三記載の株券をDに交付した。
しかし、実際には、被告は、同日、新規に金三五枚を原告の計算で買い付けており、右株券を委託証拠金に充てていた。
(5) 平成三年一二月二三日、Dは、原告に対し、委託証拠金充当有価証券として原告が預託していた株式の評価減により、委託追証拠金が必要になった旨連絡してきたので、原告は、言われるまま、翌二四日、原告事務所において、別紙株券目録四記載の株券のうち三〇〇〇株をDに交付した。
(6) 平成三年一二月二五日、Dが原告事務所を訪れている時に、Cから、原告に、委託追証拠金が必要になった旨の電話連絡があった。原告は、「自分が持っている株式は別紙株式目録三記載の株券のうち二〇〇〇株のみであるが、委託追証拠金としていくら必要なのか。」と尋ねたところ、Dは、右株券の他に、三二六万九三〇〇円必要である旨答えた。
そこで、原告は、翌二六日に右株券と右金員を交付する旨約束したが、その際、「もう株も金もなくなるので、損になってもこれで取引を終了するように。」と要請した。Dは、「値段が一五〇〇円を下回ったら、とりあえず五〇枚を売ろう。」と答えた。
同月二六日の朝、Dから原告に対し、電話で、金の値段が下がったので売る旨の連絡があった。原告は、前日の会話の内容に従って、Dが売って取引を終了させるものと思い、これを承諾した。
(7) ところが、実際には、DやCは、これまで建ててきた買建玉金一〇五枚を転売するのでなく、原告の計算において、新規に一〇五枚を売り付けていた。
原告は、同日午後五時過ぎ、原告事務所において、前日の会話内容に従い、委託追証拠金のつもりで用意した前記株券二〇〇〇株と現金三二六万九三〇〇円をDに差し出したところ、Dから、三二七万円の領収証を作成してきたので七〇〇円を追加するように言われ、七〇〇円を追加して、右株券及び現金三二七万円を交付した。
すると、突然、Dは、原告の買建玉を転売したのでなく、新規に金一〇五枚を売り付けたので、これだけでは足らず、さらに委託証拠金として四二五万一八〇〇円が必要である旨言い出した。原告は驚き、これを拒否したが、勤務時間も過ぎていたし、Dが、「絶対に損はさせない。」と言明して執拗に支払を迫るので、原告は、Dの言に屈し、平成四年一月一三日までに右金額を支払う旨の念書を作成してDに交付した。
(8) 被告は、原告が右四二五万一八〇〇円を支払わないことを理由として、平成四年一月二〇日、原告の計算において、買建玉九〇枚と売建玉九〇枚を強制手仕舞し、その後、残った建玉全部についても手仕舞いを行った。
(二) 被告C及び被告Dの前記行為は、次の理由により違法である。
(1) 不適格者排除原則違反
商品取引員及び登録外務員は、勧誘に際し、顧客となろうとする者が商品先物取引の適格性を有するか否かを判断し、不適格者を取引に参入させないように配慮する注意義務を負うところ、原告は、「主として年金により生計を維持する者」(受託業務指導基準第四章2(1)⑥参照)であり、投資に関する知識、経験、意向、年齢、資産状況、病床の母を抱えての生活状況、健康状況に照らし、明らかに商品先物取引の適格性を有しない者であり、DやCは、勧誘の際に、原告から、原告の投資に関する知識、経験、意向や原告が年金生活者であることを告げられており、原告が不適格者であることを認識していた。
また、DやCは、顧客カードの資産状況欄や生活状況欄に虚偽の事実を記載しているが、これは、被告の管理担当班の責任者が適格性を適正に判断できる内容を具備した顧客カードを作成し、同責任者から委託者の適正に関する審査を受ける登録外務員の義務(受託業務指導基準第四章2(2)、被告の社内規則である受託業務管理規則(乙第一七号証の一))に違反するものである。
(2) 説明義務違反
商品取引員や登録外務員は、商品先物取引の経験のない者に対する商品先物取引の勧誘に当たり、その投機性や取引の仕組みを十分説明する義務があることはもちろん、原告のような商品先物取引を行う適格性を有しない者を勧誘するに際しては、その者が十分理解できるように、具体的に、かつ、分かりやすく説明する義務がある(取引所指示事項、受託業務指導基準第四章1(1)③、受託業務に関する規則第五条2、被告の受託業務管理規則第四条、第六条(1))にもかかわらず、D及びCは、原告に対し、「絶対に儲かるから買ってくれ。」と言うのみで、商品先物取引の投機性やその仕組みを具体的に分かりやすく説明しないばかりか、虚偽の説明をした。
(3) 新規委託者保護義務違反
商品取引員や登録外務員は、商品先物取引の経験のない新規委託者については、三か月間の習熟期間をもうけ、取扱要領に定める登録外務員の判断枠等を厳守し、管理担当班が取扱要領に基づく審査を行うなどして適切な管理を行わなければならず(受託者業務指導基準第四章2(4)②)、その登録外務員の判断枠は二〇枚であるというのが新規委託者保護のための業界の経験則に基づく揺るぎない基準であるから、右習熟期間中に、委託者からこれを超えて取引したいとの要請があった場合には、管理担当班の責任者においてその適否を判断し、速やかに本社の総括責任者に調書を添えて報告し、総括責任者において、その内容を再確認して所要の指示を行う義務があった(被告の取扱要領(乙第一七号証の二))。
しかるに、本件においては、初回取引前の平成三年一二月一一日の段階で、管理担当班責任者である被告京都支店長E(以下「E」という。)が、原告の準備資金は二〇〇〇万円(金一八〇枚の証拠金に相当する。)であるとして、二一枚から五〇枚までの建玉を認めても差し支えないと判断する旨の大口建玉調書(乙第一五号証)を作成し、翌一二日には、受託申請枚数を四〇〇枚とする総括責任者あての申請書(乙第一六号証)を作成し、右総括責任者が三〇〇枚の建玉を許可しているが、この申請は原告に無断で行われたものであり、かつ、右調書や申請書は、原告の資産状況、証券取引の経験、商品先物取引内容のいずれについても不正確であって、これは、被告において、実質的には何らの審査も経ずに、当初より原告の意思に反した巨大な取引が一方的に予定されていたことを示し、その結果、初回から金五〇枚、二週間のうちに金合計二一〇枚の取引が行われたものであって、これは、新規委託者保護義務に違反する。
(4) 過当売買
商品取引員や登録外務員は、委託者の理解がその取引経験等に照らして不十分な場合には、短期に頻繁な売買を勧めることが許されない(取引所指示事項、受託業務指導基準第四章1(2)、受託業務に関する協定5)のに、被告又は被告従業員は、商品先物取引を行う適格性を有しない原告に対し、当初より二〇〇〇万円あるいは金三〇〇枚もの取引を当て込んで、初回から五〇枚、二週間の間に二一〇枚(必要委託証拠金二三三一万円)の取引を勧誘し、その取引をさせたのであるから、これは、過当売買の禁止に違反する。
(5) 無断売買と事後承諾の押し付け
本件取引は、被告又は被告従業員が、計画的に原告に無断で買建又は売建を先行させた上、原告に事後承諾の押し付けを行い、次次に委託証拠金や委託証拠金充用有価証券を交付させるという方法によって行われたものであって、このような行為は、態様において最も悪質な違法行為である。
(6) 断定的判断の提供と執拗な勧誘
Dは、終始「絶対儲かる。損はさせない。」という文句を繰り返したが、これは商品取引所法九四条一号等で禁止される断定的判断の提供に該当する。しかも、原告に対する勧誘は、連日、長時間にわたって、極めて執拗に行われており、高齢で狭心症等の持病を有する原告にとって耐えがたいものであった。このような勧誘が社会的相当性を大きく逸脱し、違法であることは明らかである。
(7) 両建
本件において、平成三年一二月二六日に既存建玉と全く同枚数かつ同限月の新規の売建玉を一気に行って、買一〇五枚と売一〇五枚の両建状態にするという、極端な内容を示す両建が行われているが、これは、原告の手仕舞の指示を無視して、いわゆる因果玉を放置したまま行われたものであり、禁止される「不適正な売買取引行為(不適切な両建)」(取引所指示事項2(2)、受託業務指導基準第四章1注解b)に該当して違法である。
(8) 証拠金に関する規制違反
商品取引員は、商品取引を受託するに当たり、必要な委託証拠金全額を預からなければならず(商品取引法九七条、受託契約準則第八条以下、受託業務指導基準第二章1(2))、このような事前の委託証拠金の徴求は、委託者に常に自己の資金量と取引のリスクとの関係を認識させた上で取引を行わせるという委託者保護機能を有しており、そのため、新規委託者については、一層この機能が重視されなければならず、事前徴求につき例外は一切認められていない(受託契約準則第九条、受託業務指導基準第二章1(2)・注解b)。しかるに、本件においては、無断売買と事後承諾の押し付けの結果、商品取引所での取引後になって委託証拠金の徴求が行われているのであって、被告の右行為は違法である。
(三) 原告は、被告の違法行為により、委託証拠金三二七万円と別紙株式目録記載の株券を喪失したところ、右株式の平成七年九月一日当時の時価は、金一一九七万一〇〇〇円であり、また、原告は、原告訴訟代理人らに本件訴訟を依頼し、その弁護士費用としては金一五二万円が相当であるから、原告が被った損害は、合計金一六七六万一〇〇〇円となる。
(四) 被告会社は、商品先物取引の受託を業とするものであるところ、Dらの行為は、被告の営業方針に従った組織的行為として行われており、また、被告は、その従業員が商品先物取引を勧誘するについて、違法不当な行為をすることがないよう十分な教育と監督をする義務があるのにこれを怠った結果原告に損害を与えたものであるから、被告は、民法七〇九条に基づき原告が被った損害を賠償する義務がある。
仮にそうでないとしても、訴外Dらは、被告の従業員であって、被告の事業を執行するにつき原告に損害を与えたものであるから、被告は、民法七一五条に基づき原告が被った損害を賠償する義務がある。
(結論)
4 よって、原告は、被告に対し、次のとおり求める。
(一) 主位的請求
民法七〇四条に基づく不当利得の返還請求として金四七九万円及びこれに対する不当利得後である平成四年三月二六日(訴状送達の翌日)から支払済みまで民法所定年五分の割合による利息の支払、並びに、別紙株式目録記載の株券の引渡し及び右引渡しの強制執行が不能になることを条件として、引渡しが不能となった株券の株式数に別紙株式目録記載の単価を乗じて算出した金員の支払。
(二) 予備的請求
不法行為に基づく損害賠償金一六七六万一〇〇〇円及びこれに対する不法行為後の平成四年三月二六日(訴状送達の翌日)から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1中、原告に関する部分は不知、その余は認める。
2 請求原因2中、(一)は認め、(二)及び(三)は否認する。
3 請求原因3(一)中、原告が、Dの勧誘により、別紙先物取引状況一覧表記載のとおり被告に金の先物取引を委託し、取引を行ったことは認め、その余は否認する。
4 請求原因3(二)は否認し、同(三)中、株式の時価については認め、その余は否認し、同(四)中、被告の業種、Dらが被告の従業員であることは認め、その余は否認する。
(反訴)
三 反訴請求の原因
1 被告は、商品先物取引の受託を業とする株式会社で、各種商品取引所の商品取引員である。
2 被告は、別紙金先物委託取引状況一覧表記載のとおり、平成三年一二月一一日から同月二六日までの間、原告から、金の先物取引の委託を受け、金先物取引を成立させた。
3 平成三年一二月二六日、被告は、原告により、金一〇五枚の売付けを行った分について、委託証拠金として八三一万一八〇〇円を請求したところ、原告は、委託証拠金として三二七万円、委託証拠金充用有価証券として別紙株式目録四記載の株券のうち二〇〇〇株を交付したが、不足金四二五万一八〇〇円を支払わなかった。
4 そこで、被告は、別紙清算状況一覧表記載のとおり強制手仕舞し、原告が差し入れた委託証拠金及び委託証拠金充用有価証券を損失金に充当したところ、平成四年四月一三日の取引の終了時において、八一一万〇五七〇円の損失が生じた。
5 よって、被告は、原告に対し、本件商品先物委託契約に基づく清算金八一一万〇五七〇円及び清算金額が確定した平成四年四月一三日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
2 請求原因2中、別紙金先物取引状況一覧表の先物取引状況欄のとおり取引が成立したこと及び右各取引について商品先物委託契約が成立したことは認めるが、その余は否認する。
3 請求原因3は認める。
4 請求原因4中、被告が強制手仕舞いしたことは認め、その余は否認する。
三 抗弁
1 委託契約の無効
本訴請求原因2のとおり、本件商品先物取引委託契約は、無効である。
2 信義則違反
本訴請求原因3(一)及び(二)のとおり、被告の原告に対する一連の勧誘及び受託は不法行為に該当するから、清算金の請求は、信義則上許されない。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実は、いずれも否認する。
第三証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録欄及び証人等目録欄記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
第一本訴主位的請求について
一 請求原因1のうち、被告及び被告従業員に関する部分は当事者間に争いがない。
同1のうち、原告に関する部分について検討するに、原本の官公署作成部分について成立に争いがなく、原告本人尋問の結果により原本の存在及びその余の記載について真正に成立したものと認められる甲第一四号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一三号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一五ないし第一八号証及び原告本人尋問の結果を総合すると、原告は、本件取引当時、満六六歳で、a保険相互会社の外務員を勤め、社団法人b協会会長の地位にあったこと、原告の収入は、右外務員の収入が年間約二六〇万円あるものの、経費や税金控除後の手取りは約一三四万円であったこと、年金収入が年間約四〇九万円であったこと、原告は、妻、二人の子供及び病気で寝たきり状態である母親との五人暮らしであったこと、原告の資産は、居宅、預金(二〇〇〇万円には達しない。)及び別紙株式目録記載の株券のみであったこと、原告は、以前に、縁故や紹介から、別紙株式目録記載の株式や債券、国債等を奈良証券株式会社で購入したことはあるが、購入した株式のほとんどは、長期にわたり保持しており、投機的な株式取引や信用取引はしていなかったこと、原告は、本件まで商品先物取引の経験はなかったことが認められる。
二 請求原因2(一)の事実は当事者間に争いがない。
三 そこで、請求原因2(二)の事実について検討するに、前記一の認定事実に加え、成立に争いのない甲第七ないし第一二号証、乙第一、第三号証、第四号証の一ないし九、第五号証の一及び二、第六、第二〇、第三〇号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第二七号証、成立に争いがない甲第六号証の表面全部と裏面左側部分、前掲甲第一三号証により真正に成立したものと認められる甲第一九号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第二三ないし第二五号証、C、Dの各証言(但し、後記採用できない部分を除く。)、原告本人尋問の結果(但し、後記採用できない部分を除く。)を総合すると、以下の事実が認められる。
1 Cは、被告の南支店に営業主任として勤務していた昭和六二年一〇月末ころ、原告がc高校の卒業生として新聞に名刺広告をしているのを見て、原告事務所を訪れて、原告に金の先物取引を勧めた。しかし、原告は、当時、ほとんど証券取引をしていなかったし、金や為替等についても知識がなく、また、商品先物取引には全く興味がなかったので、Cの勧誘に応じなかった。
2 Cは、その後平成三年一〇月に被告の京都支店営業課長になったが、同年一二月五日、原告に、突然、電話し、「部下のDを勧誘に行かせる。」と告げた。原告がこれを拒絶したにもかかわらず、同日、Dが、原告事務所を訪れて、原告に対し、グラフを見せながら、「金の値が下がっているので買いごろである。是非買ってくれ。」と、執拗に金先物取引を勧誘した。しかし、その際、Dは、商品先物取引の仕組み等の説明をしなかった。原告は、「こんな変化の大きいものはいやだ。生活は年金でやっている。もし、利益を得ても年金との関係で確定申告に困ることになる。年金でそれなりに安定した生活を送りたいので、利益を得たいとは思わない。」と告げて、これを拒絶した。Dは、一時間ほど原告事務所に居た後帰った。
Dは、同月一〇日午後三時ころ、事前の約束なしに、突然、原告事務所を訪問し、再び勧誘したが、原告は、「相場のことも分からないし、変化の大きいものはいやだ。」と告げてこれを拒絶し、Dを帰らせた。しばらくして、Cから「Dともう一度会ってほしい。」との電話があったが、原告は断った。しかし、その直後、再びDが原告事務所を訪れ、原告に対し、「絶対に儲かるから、買ってほしい。」と執拗に勧誘した。原告は「取引をする気がない。」ことを何回も告げたが、Dは原告事務所に長時間にわたって居続け、午後五時ころ、ようやく帰った。
同月一一日午後三時ころ、Dは、またもや、突然、原告事務所を訪れ、原告に商品先物取引をするように執拗に勧誘した。原告は、何回もそれを拒絶し、「そんなものを買う金はない。」と告げると、Dは、「株でいいんだから。どんな株をお持ちですか。」と言うので、原告は、保有株の銘柄等をある程度具体的に話した。Dは、午後五時を過ぎても帰らなかったので、原告は、Dに帰ってもらうために、「岡安がどのような会社かも分からない。取引についてパンフレットをもらったこともない。」と告げたところ、Dは、「資料を渡すには書類にサインしてもらわないといけない。」と言いだした。原告は、連日の執拗な勧誘で疲れ果て、署名さえすれば帰ってくれると思い、商品先物取引の内容について説明を受けないまま、約諾書(乙第一号証。原告が、商品先物取引を委託するに際し、先物取引の危険性を了知した上で、商品取引所の受託契約準則に従い、委託者の判断と責任で取引を行うこと、商品先物取引委託のガイドと受託契約準則を受領したことなどが記載されている。)に署名押印してDに交付した。
Dは、「危険開示告知書」が掲載されている「商品先物取引委託のガイド」と「約諾書及び受託契約準則」の冊子を原告に交付して帰った。
3 平成三年一二月一二日、CとDは、前日に聞き出した原告の保有株式を検討し、別紙株式目録一記載の株券の委託証拠金充用価格から買付枚数を決めて、別紙金先物取引状況一覧表の先物取引成立状況欄記載のとおり、原告に無断で、原告の計算のもとに、金五〇枚を買い付けた。
同日午後二時ころ、Dは、原告事務所を訪れ、「金が一五九〇円に下がったので、五〇枚買っておいた。株券を渡してくれ。」と申し入れてきた。原告は「頼んでいない。電話も受けていない。私が注文していないものを、なぜそんなことをするんだ。」と再三抗議し、反論したが、Dは、「絶対に損をさせない。」と言って執拗に承諾を求め、二時間ほどしてもなお帰らないので、原告は、絶対に損をさせないと言われて、心が揺らいでいたし、Dに同情する気持ちも重なって、結局、根負けする形で、別紙株式目録一記載の株券を交付した。
4 Dは、平成三年一二月一三日午前一〇時ころ、原告事務所に電話をかけ、原告に対し、「午後にCと一緒に挨拶にいく。金の値が下がったので、安いのも買って調整した方がよい。」と告げた。原告は、商品先物取引の話に興味がなかったので、「午後に来るなら、それからの話でいいではないか。」と言ったところ、Dは、それ以上には勧めなかった。その話の中で、Dは、再度、原告が保有する株券の銘柄や枚数を尋ねるので、原告はそれを教えた。
CとDは、別紙株式目録二記載の株券の委託証拠金充用価格に相当する枚数を買付けることとし、別紙金先物取引状況一覧表の先物取引成立状況欄記載のとおり、原告に無断で、原告の計算のもとに、金二〇枚の買付けを行った。
同日午後二時ころ、Dは、Cとともに、原告事務所を訪れ、原告に対し、「金の値が下がってしまったので、調整しておく必要があるので買っておいた。損をしないためにやった。必ず上がる。NTTの株券三株を渡してほしい。」と告げ、別紙物件目録二記載の株券の交付を請求した。原告は、既に、前日、株券を交付していたこともあり、右両名の言に押し切られて、やむなく右株券を交付した。
5 Dは、平成三年一二月一六日、原告事務所に電話をかけ、原告に対し、「金が一五三八円に下がった。追証が必要なところだが、その分買ってナンピンすれば、バランスが取れるので、追証はいらなくなる。」と述べ、新規買付けの委託証拠金充用有価証券として呉羽化学の株券六〇〇〇株の交付を要求した。原告は、ナンピンや追証の意味が理解できなかったが、「値が下がったために必要であり、Dの言うとおりにするしかない。」と考え、買付けを承諾した。
Dは、同月一七日、別紙株式目録三記載の株券の委託証拠金充用価格に相当する枚数を買い付けることとし、別表取引成立状況欄記載のとおり、新規に金三五枚を原告の計算で買い付けた。
同日夕方、原告は、Dに、原告事務所で、前日の会話内容に従って、別紙株式目録三記載の株券を交付した。被告は、右株券を金三五枚の新規買付けの委託証拠金充用有価証券として取り扱った。
6 Dは、平成三年一二月二三日,原告に対し、電話で、「預かっている株券の値が下がったために、追証拠金が必要になった。日本製鋼所株三〇〇〇株を渡すように。」と告げた。原告は、言われるまま、翌二四日、原告事務所で、Dに対し、別紙株券目録四記載の株券のうち三〇〇〇株を交付した。
7 平成三年一二月二五日、Dが原告事務所を訪れたが、この際、Cから、原告に対し、さらに委託追証拠金が必要となった旨の電話連絡があった。原告は、事態をよく理解できずに、Dに対し、「一体いくらいるのか。もう残っているのは、日本製鋼所の株券二〇〇〇株だけである。」と告げた。Dは、このとき持ってきた市況情報文書(甲第六号証)の裏面に計算書きをメモして、「この株券のほかに、三二六万九三〇〇円が必要である。」と答えた。
原告は、翌二六日に右株券と右金員を交付する旨約束したが、その際、「もう、株もお金もなくなるので、損になっても取引を全部終えるように。」と要請した。Dは、「値段が一五〇〇円を下回ったら、とりあえず、およそ半分の五〇枚を売ろう。」と答えた。
翌二六日の朝、Dから原告に対し、電話で、「一四九八円に下がったので売る。」という連絡があった。原告は、前日の会話の内容に従って、Dが売って取引を終了させるものと思い、これを承諾した。
同日午後、Cから、電話で、「五五枚を売る。」旨告げられたが、原告は、これも取引を終了させるものと理解したものの、原告の望んだ取引でもないのに何度も電話が入るのが煩わしく、来客中のこともあって、返事もせずに電話を切った。
しかし、Cは、既存の買建玉金一〇五枚を転売によって決済するのでなく、別紙金先物取引状況一覧表の先物取引成立状況欄記載のとおり、午前一〇時三分から三五分までの間に、原告の計算で、新規に金一〇五枚を売り付けた。
原告は、同日午後五時過ぎに原告事務所に現れたDに対し、前日の会話の内容に従って、委託追証拠金として用意した現金三二六万九三〇〇円及び委託証拠金充用有価証券として用意した前記株券二〇〇〇株を封筒に入れて差し出したところ、Dが、「七〇〇円を追加してくれ。領収証は三二七万円になっているから。」と言うので、原告は、七〇〇円を追加して右株券及び現金三二七万円をDに交付し、Dから委託証拠金御預かり証(甲第一一、第一二号証)を受領した。
すると、突然、Dは、原告の買建玉を処分したのでなく、新規で売建玉を行ったので、これだけでは足りず、さらに、委託証拠金として四二五万一八〇〇円が必要であると言いだし、右金額を原告に請求した。Dは、その際、両建である旨説明したが、原告は新規の売り付けなど一度も了解していないので、事態を把握できずに、ただ、「お金がない。」と答えたが、Dから、「絶対に損させない。下がったときに買い戻して損させないから。」と執拗に支払約束を迫られ、また、Dの発言の内容もよく分からないし、いらだたしい気持ちになって、その要求のまま、平成四年一月一三日までに右金額を支払うとの内容の念書(乙第一八号証)を作成し、Dに交付した。
8 Cは、平成四年一月七日、原告事務所を訪れ、原告に対し、四二五万一八〇〇円を執拗に催促し、「損はさせない。毎日電話で連絡をしてあげるから書類に印鑑を押せ。」と要求し、原告は、同日現在の計算書(乙第二〇号証)に署名押印した。
翌日以降、Cから連絡はなく、原告から電話をしてもCは不在だということであったので、原告は不安になり、平成四年一月一〇日、奈良県科学生活センターに相談し、a支社長を通じて鷹塀一芳弁護士を紹介され、同日、被告に電話をかけて、「今後一切支払をしない、弁護士に任せる。」と伝えた。
原告は、同月一六日、鷹塀弁護士に本件の処理を依頼し、同月二四日、被告に対し、株券の処分禁止の仮処分をした。被告は、原告が支払をしないし、さらに委託証拠金充用有価証券の評価損が生じても、原告が委託追証拠金を出さないので、別紙清算状況一覧表のとおり、同月二〇日、同年二月二七日、同年三月二六日に強制手仕舞し、また、同年四月一三日に残りを手仕舞い、同年二月一二日、委託証拠金三二七万円を損失に充当した。
9 なお、平成四年一二月五日付け顧客カード(乙第八号証)のうち、家族構成、資産状況欄の記載は、Cが調査せずに記載したものであり、同月一一日付けの大口建玉調書(乙第一五号証。京都支店の責任者であるEが、原告について、二一枚以上五〇枚までの建玉をしても差し支えない旨記載している。)、同月一二日付け所定枚数を超える委託者の申請書(乙第一六号証。Eが、被告本店の総括責任者に対し、受託申請枚数を四〇〇枚とする旨の申請をし、右総括責任者が三〇〇枚の建玉を許可する旨の記載がなされている。)は、原告の意向がないのに、Cが顧客カード記載の資産等を基礎に作成し、Eに提出して、その後に被告の本社において決裁を受けたものである。また、同月一二日、一三日、一七日、二六日の各取引後、直ちに被告本社から原告に対し、「売付報告書及び計算書」と題する書面が送付された。
四 これに対し、Dは、平成三年一二月五日にDが訪問した際、原告が金先物取引に意欲的で、最初から一〇〇枚の取引を要求した旨証言し、乙第一一号証の一に右証言に沿う記載があるが、前記認定の経過に照らし信用できない。また、DやCは、平成三年一二月一二日、一三日、二六日の各取引について、別紙金先物取引状況一覧表の注文状況欄記載のとおりに原告から注文があった旨証言し、乙第九号証の一、二、四、五、第一〇号証の一、六、第一一号証の三、五にも右各証言に沿う記載があるが、もし、原告から先に注文があれば、委託証拠金を徴収した後に取引を成立させるのが通常だし、いずれの取引も委託証拠金を徴収せずに行われていることについて十分な説明がないこと、右各証言によれば原告が建玉数を指定したことになるが、そもそも、原告は保有株式の委託証拠金への充用価格を知らないのに、原告の方から保有株にほぼ相当する金枚数の建玉を注文するというのは不自然なこと、同月一二日、原告は午前一一時に出勤していること(甲第二四号証)、Dは、同月一三日の取引につき、原告事務所で注文を受け、その場でNTT株を受領したと証言するが、他方、Dは、受領証は予め被告京都支店において作成しなればならないと証言しており、右証言は、原告事務所でNTT株を受領したとの証言と矛盾していること、同月二七日に右株券や三二七万円を受領したとのDやCの証言や乙第一一号証の九の記載は、被告の内部文書である乙第六号証(委託者別先物取引勘定元帳)の記載にも矛盾することなどに照らし、いずれも信用できない。
なお、同月一七日の取引について、原告は、Dから委託追証拠金として必要だと説明を受けたので、新規の金の先物取引と認識せずに呉羽化学株を交付した旨供述するが、原告は、「追証」や「ナンピン」の意味が十分に理解できないのに、株券の交付の趣旨が「追証」であると明確に認識しているのは不自然であるし、取引後、被告から原告に「売付報告書及び計算書」と題する書面が送付されていたのであるから、仮に新規買付でないとすれば、被告に抗議するのが自然なことに照らし、右供述は直ちに信用することができない。
他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
五 以上の認定事実に鑑み、原告の錯誤及び詐欺の主張についてみるに、原告の主張自体必ずしも明確ではないが、要するに、金の先物取引委託契約を締結すれば、絶対に利益が上がると信じて、右委託契約締結の意思表示をした旨の動機の錯誤を主張し、また、Dが「絶対に利益が上がる。」と告げた行為をもって欺罔行為と主張しているものと解される。
しかし、前記認定事実のとおり、原告は、金の先物取引においては大きな価格の変動があることを知っており、それゆえに度重なる勧誘にもかかわらず、金先物取引委託契約の締結を拒否していたのであるから、被告従業員の言に従って金先物取引をすれば絶対に利益が上がると信じていたものとは認められず、そこに動機の錯誤があるとすることはできない。
また、「絶対に利益が上がる」とDが告げたからと言って、それによって、原告が錯誤に陥ったということもできないから、詐欺の主張も理由がない。
さらに、原告は、本件金先物取引委託契約は、CとDとが行った一連の強度の違法性のある行為によるものであるから、公序良俗に反し無効である旨主張するが、後記判断のとおり、CとDの行為は違法性を有するとはいえ、公序良俗違反というまでの違法性があるとは断じがたいので、右主張は採りえない。
六 よって、その余の他の点を検討するまでもなく、原告の本訴主位的請求は理由がない。
第二本訴予備的請求について
一 請求原因3(一)のC及びDの行為については、前記認定のとおりであるので、請求原因3(二)の違法性の点について検討する。
1 商品先物取引は、証拠金の差金決算システムにより少額の委託証拠金で多額の取引ができ、商品価格の推移により、大きな利益を生むことがある反面、短期間に不測の巨大な損害を生じる危険性が大きい投機取引であり、また、商品先物取引においては、投資者は、限月までに転売、買戻しを事実上強制されるが、商品の価格変動の要因が多様であり、その情報も多種多様であるのに、一般の投資家が収集できる情報はごくわずかである上、仮に、多くの情報を収集できたとしても、価格変動要因を的確に分析し、限月までの価格変動を予測するには高度の知識、経験と時間を要し、知識、経験、時間を有しない一般の投資家が参加するには、極めて高度の危険性がある。さらに、商品先物取引は、現物売買と比べて著しくその仕組みが複雑であり、用語も独特であって、一般人がその仕組みや用語を理解するのは困難である。
本来、相場取引の損失の危険は、自己責任の原則に基づき、取引の委託者が負担すべきものであるが、一般委託者は、委託するに際し、専門家である商品取引員や外務員等に全面的に依存しなければならない実情にあるから、商品取引員や外務員等は、一般の顧客を勧誘するに際し、投資についての知識、経験、収入、資産等を調べて、その者が商品先物取引の適格性を有する場合にのみ、勧誘しなければならず(不適格者排除原則)、勧誘するに際しては、顧客の能力等に合わせて商品先物取引の投機性や仕組み等を十分わかりやすく説明しなければならず(説明義務)、取引の最初の段階では、委託者の熟成期間を設け、外務員の判断枠組みを制限するなどの配慮をしなければならず(新規委託者保護義務)、委託者の十分な理解がないのに、短期間に頻繁な売買を勧めることは許されず(過当売買の禁止)、委託者に無断で取引を先行させた上で、事後承諾を押しつけたりすることは許されず(無断売買と事後承諾の押し付け)、顧客に対し、利益を生ずることが確実であると誤解するような断定的判断を提供して委託を勧誘することは禁止され(断定的判断の提供)、不適切な両建を勧誘することは許されず(両建の禁止)、さらに、新規の委託者に対しては、自己の資金量と取引の危険との関係を認識させるために必要な委託証拠金全額を事前に預からなければならない(証拠金に関する規制)。
これらは商品取引法、受託契約準則、取引所指示事項等で規制されているものであるが、右規制に対する違反は、単に、取引所等の内部的な規制違反に該当するのみならず、不法行為の違法性を判断するにあたり、その判断基準となるものであり、商品先物取引の勧誘、委託契約の締結、その契約に基づく具体的な建玉、取引の終了としての手仕舞いまでの一連の過程を全体的に考察して、その違法性を判断するのが相当である。
2 そこで、右の観点から、被告又は被告従業員の行為の違法性について検討する。
(一) 不適格者排除原則違反
原告は、外務員収入が手取りで年間約一三四万円あるほか、年金収入が年間四〇九万円であり、年金により主として生計を維持する者であって、保有する資産も居宅と預金(二〇〇〇万円には達しない。)及び別紙株式目録記載の株券のみであり、右にみた原告の収入、資産及び前記第一の一で認定した原告の本件取引までの証券取引についての経験の乏しさなどに照らすと、原告には商品先物取引による損失の危険を負担させるに足る適格性があるとはいえず、かつ、CやDは、原告が年金生活者であることを聞いて、これを認識していたのであるから、不適格者排除原則に違反する。
(二) 説明義務違反
CやDは、商品先物取引、投機的な株式取引や信用取引の知識、経験がない原告に対し、商品先物取引の仕組みや投機性などを説明しなかった。もっとも、Dは、商品先物取引委託契約に際し、「危険開示告知書」が掲載されている「商品先物取引委託のガイド」(乙第三〇号証)と「約諾書及び受託契約準則」(乙第三号証)の冊子を原告に交付しており、右冊子の中には、商品先物取引の仕組みや、投機性、基本的用語等についての説明があるけれども、商品先物取引や投機的な株式取引等の知識、経験がない原告のような一般人が一読しただけで内容が理解できるというものではなく、外務員からその内容について分かりやすく説明を受ける必要があり、単にこれらを交付したというだけでは説明義務を尽くしたものとはいえない。
(三) 新規委託者保護義務違反、過当売買
DやCは、商品先物取引の知識、経験のない原告に対し、原告から十分な理解を得ないまま、初回から五〇枚、二週間余りの間に合計二一〇枚の金を買い付けており、これが過当売買に該当し、違法であることは明らかであり、かつ、このような知識、経験のない原告に、最初からこのような大口の金先物取引をさせるのは、新規委託者を保護すべき義務に違反する。
なお、大口取引の申請および被告本社での承認の決裁がなされた書面はあるが(乙第一八、第一九号証)、前記認定事実のとおり、これは、原告に無断でなされたものであり、また、資産など事実に反する記載のある顧客カードを基礎にしたものであるから、これをもって、新規委託者保護義務を尽くしたものということはできない。
(四) 無断売買、事後承諾の押しつけ、断定的判断の提供
DやCは、原告の承諾を得ることなく、原告に無断で金を買い付けた上で、原告に対し、「絶対に儲かる。損はさせない。」と繰り返し述べて、当該取引をすることにより利益を生ずることが確実であると誤解するような断定的判断の提供をして執拗に承諾を迫り、原告事務所に長時間居続けるなどした挙句、原告の事後承諾を得ているのであって、その行為は違法性がある。
(五) 両建の禁止
両建は、損失計算になったときに、損失が拡大するのを防ぐことを主たる目的とする手法であるが、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第三三、第三四号証によれば、両建は、本来、次に行うべき取引を迷ったときに様子を見たり、追証拠金の時間稼ぎなどの際に用いられるものであるところ、両建玉でも証拠金が必要となった現在ではその時間稼ぎ等の意義は失われていること、二つの相対立する建玉をそれぞれ別の時期によい条件で仕切るのは困難なこと、一旦既存建玉を手仕舞った後に再度新規の建玉を行う場合と効果において全く変わらないが、一旦手仕舞う方法ならば、冷静に相場を見ながら新規の建玉を建てることができること、損失が生じたときに一旦既存建玉を手仕舞うと、業者は二度とその顧客を取引に誘い込めないが、顧客は、知識がない上に、「損だ。」と言われて気持ちが浮足だってしまい、業者のいいなりになる傾向があり、両建の勧誘はこのような顧客を「泥沼に引き込む」一つの手段になっていること等、両建という手法それ自体の弊害も多く指摘されているところであり、少なくとも、知識、経験のない新規委託者に対し、両建を勧誘するのは「不適切な両建」であって、禁止されるものというべきである。
(六) 証拠金に関する規制違反
DやCは、受託の前に原告から委託証拠金を徴収しておらず、これは証拠金に関する規制違反である。
以上によれば、D、Cの行った行為は、全体的に評価して、違法であることは明らかであるところ、同人らの行為は、被告の事業の執行としてなされたものと認められるから、被告は、民法七一五条の規定に基づき、原告が被った後記損害を賠償する義務がある。
二 請求原因3(三)についてみるに、原告が、委託証拠金として、金三二七万円を被告に支払ったこと、別紙株式目録記載の株券の本件口頭弁論終結時である平成七年九月一日時点の時価が右目録記載の金額であることは当事者間に争いがなく、本件訴訟遂行のためには、弁護士に依頼することが必要であると認められるが、その費用は、前記損害額の約一割に当たる一五二万円とするのが相当である。
三 よって、被告は、原告に対し、不法行為に基づく損害賠償金一六七六万一〇〇〇円及びこれに対する不法行為後の平成四年三月二六日(訴状送達の翌日)から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。
第三反訴請求について
一 反訴請求原因1、3の事実、同2の事実中、別紙金先物取引状況一覧表の先物取引状況欄記載のとおり取引が成立し、右各取引について商品先物委託契約が成立したこと、同4の事実中、被告が強制手仕舞いしたことは当事者間に争いがなく、その手仕舞いの状況等が別紙清算状況一覧表記載のとおりであったことは前記第一の三で認定したとおりであるから、反訴請求原因事実は全て認められる。
二 そこで、抗弁事実について検討するに、前記認定事実のとおり、本件金先物取引委託契約は、被告の従業員の一連の違法行為によって締結されたものであり、被告は、原告に対し、民法七一五条の使用者責任を負担するものであるから、このような被告が、原告に対し、右取引の一連の過程において発生した委託手数料や損害金等を請求することは、信義則に反し、許されないものいうべく、したがって、抗弁2は理由がある。
第四結論
以上のとおり、原告の主位的請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、予備的請求は理由があるからこれを認容し、被告の反訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 武田和博 裁判官 細見利明 裁判官 桂木正樹)
<以下省略>